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福島の仏像 ふくぶつ巡り – ダイジェスト –

Date 2012/04/16 12:30  Modified date 2016/05/10 Author やまざき ふみひろ  Tags 仏像 行ってみた

 油断をするとすぐにエロいことばかり考えてしまうので困ったものです。

 若かりしころに何度も繰り返してみていた、オーディオビジュアルではないほうのAVで、そういえば東北訛りをそのままに「堪忍してぇ~堪忍してぇ~」との喘ぎ声をあげていた女優がいたなとふと思いだし、何の気なしにググってみたところ、まだまだその辺りの路線には根強い人気があるらしく数々のその手の作品が発見されたのですが、肝心のその女優さんの名前はついに思い出すことはできませんでした。

 今回ばかりは、その思いだせないモヤモヤ感を解消するためにググったのであって、収集その他エロい思惑などは微塵も感じさせないこの私なのですが、それにしても狙ってもいないのに同じ作品を3度もレンタルしてしまったときは、自分の好みというものをしみじみと実感するのであります。

 3月の24日土曜日。終了間近の高速道路無料措置を利用して、福島まで日帰りで見仏の旅に行ってきました。
 高速を使うと新潟から福島まではあっという間なんですね。私の住んでいる長岡という街からは、2時間半で行くことができました。朝5時に家を出て、最初の目的地である会津の願成寺に着いた7時半から夕方4時まで、神社も含む計8ヶ寺を回り、たっぷりと福島の仏像を体感してきました。

 午前は、願成寺→中善寺→新宮熊野神社→恵隆寺(立木観音)→中田観音→鳥追観音と回り、大林宣彦監督の尾道三部作ならぬ、会津ころり三部作を一気に味わう。
 午後は、宇佐美食堂という昭和風味たっぷりな町の食堂でソースカツ丼を食らい、法用寺→法幢寺と回ったあとは湯殿を探してあやめの湯という温泉で汗を流してきました。
 法用寺と法幢寺の拝観予約時間の関係で、午前の早い段階に当初決めていたルートを変更したんですが、こういった柔軟なコース変更ができるのは、ソロ活動ならではですね。

願成寺、中善寺、新宮熊野神社

 今回の今回の旅にあたり、伺う予定のお寺には事前に拝観予約の電話をかけたのですが、口々に言われたのが「まだまだ雪が多いですからね」の言葉。その言葉どおり、お寺の境内には雪が沢山残っていて、仏像が祀られている収蔵庫へは雪の山を乗り越えていくようなところもありました。

 国の文化財指定とはなっていないのですが、素敵な文殊菩薩が祀られている神社があるということなので、新宮熊野神社を訪ねます。その文殊菩薩騎獅像は、沢山の仏像やお面などとともに宝物殿に祀られていました。

 大きな獅子に乗り、見上げる位置にある文殊さんの顔はとても優しい顔なのですが、獅子くんの顔はとても勇ましく、その対比がとっても素敵です。美術作品やダンスなどのパフォーマンス、そしてお笑いなどでも緊張と緩和、緩と急、柔軟と剤などとその動きや力強さを強調するために、正反対の静けさを入れるということがしばしばとられます。
 この場合は逆に、文殊さんの優しさやその知性を強調するために、獅子をより力強くみせているのでしょう。誰もいない静かな宝物殿の中で、ハアハアと息を荒くしながら獅子の周りをまわる私も、さながら獣のようでもありました。

 この宝物殿、文殊さんの他にも珍しい『相撲取り像』なども展示されています。古来から相撲が神事として奉納されてきたことが、こういった形でみることができるのは大変興味深く、とてもテンションのあがる宝物殿でした。

願成寺

光背の頂点についている1体の仏像が落ちそうで、常にそこばかり気になる。その雑念を振り払ったときが勝利。

中善寺 *特別に許可をいただいて撮影しました

薬壺の中身はウルトラマリン。

新宮熊野神社

獅子にもかかわらず女豹のポーズを取らせたらどうなるのかなどと考えてしまう素晴らしい尻。

恵隆寺、弘安寺、如法寺(会津ころり三観音)

 神社を出たあとは、予定を変更してころり三観音を一気に廻ることにしました。
 距離的には無駄も多いコースだったのですが、拝観予約時間との兼ね合いから、高速道路の無料措置を存分に活用。遠征見仏には大変ありがたいことです。

 ころり三観音とは会津地方に伝わる信仰で、三つの観音をお参りして一生を健康に過ごし、長わずらいをしないで、ころりと安楽往生がしたいとの願いが込められたものです。

人間は生を受けてのちは貪(どん=むさぼること)、瞋(しん=いかること)、痴(ち=おろかなこと)になどよる苦悩を受けることになるが、この三観音に巡礼することにより、現世においては子孫繁栄、万願成就、寿命安楽などがかなえられ、やがて大往生を遂げられるという。特に観音堂内にある抱きつき柱にすがれば、死の床に際しても苦しまずに成仏でき、家族に余計な負担をかけずにすむということで「ころり」三観音という。
「ころり」とは心臓疾患や脳疾患などの突然死を意味するものではない。
会津ころり三観音 – Wikipedia

 時に語られる仏像とエロ。

 私はこのころり三観音を巡りながら、なぜか仏像とエロについて考えることとなりました。

 本来は性別などなく中性的であり、また欲望をしずめよと説く方向に居るはずの仏像なのですが、その唇や二の腕のたわみ、腰つきなどから、艶めかしさを感じさせる仏像がいるのもまた事実。
 禁じられると破りたくなる。ダメと言われるとやってみたくなる。制服と聞くと征服したくなる。悟りの教えの前でも、昔から人間の本質というものはあまり変わらないのかも知れません。

 恵隆寺のご本尊である立木観音は、ご開帳のとき以外は斗帳(垂れ幕)がかかっていて、観音堂の外からは姿が見えないようになっています。受付で拝観のお願いをすませると、対応してくださる女性が「では、こちからどうぞ…」と、その斗帳の”はじだけ”をめくってくださいます。小学校の体育館にあるステージにどん帳が降りていて、そのはじだけめくってステージの中に入る感じ。

 外からは除くことのできない幕の中に、隙間からそそくさと入る。するとそこには、両脇に二十八部衆を従えた高さ8.5mもある巨大な千手観音が居て、それを文字通り足元から見上げる。ステージと幕との間は、人が一人通れるくらいのスペースしかありませんから、この密着感はたまらないものがあります。観音様は足だけが触れるようになっていて、ご利益があるようにと煩悩丸出しでなでなでする。

 のぞき部屋のようでもあり、掘りごたつバーのようでもあり、目の前に居るにも関わらず、その姿の全貌を捉えることができないところはチラリズムの極みのようでもあり…幕の中で、観音さんと秘め事体験な立木観音さん。私、のぞき部屋も掘りごたつバーも行ったことはありません。

恵隆寺/立木観音(会津ころり三観音)

春日八郎氏の思い出のヒット曲『別れの一本杉』記念歌碑を見ることができなかったのが、悔やまれる。

弘安寺/中田観音(会津ころり三観音)

中田観音の個人拝観は月・水・金の10時からのみで会うことができず、指差し坊主に馬鹿にされる始末。

如法寺/鳥追観音(会津ころり三観音)

松坂大輔によく似た仏像があちこちに居る。

法用寺、法幢寺

 法用寺には二人の力強い仁王さんが居ました。

 10年くらい前まではこちらの仁王さんのうちの1体は、鶴ヶ城の天守閣にいたのですが、今ではお堂の中で阿形吽形ともども仁王立ちしています。戻ってきているとは知らずに本当は鶴ヶ城にも行こうと思っていたので、非常にラッキーでした。

 この仁王さんは、とにかく力強い姿をしています。筋骨隆々なレスラータイプ…というわけではなく、どちらかというと朝青龍的な肉の締まった相撲取りタイプ。私はこういった、ボテッと肉つきの良い姿の仏像をあまり好きではないのですが、どうしてなんでしょう。この仁王は非常に格好良くみえました。
 お堂とのマッチングがいいんでしょうね。特別に写真を撮らせていただいたのですが、今まで撮影した仏像の写真の中では、一番仏像の格好良さを引き出せた気がします。

 このお堂の壁や柱には、至る所に墨で字が書かれています。最初は「観光客にいたずら書きされたの?」と思ったのですが、お話を伺ったところ、この地域ではつい50、60年くらい前までは中学3年になると福島と新潟の境にある飯豊山(いいでさん)にみんなで登るという儀式があったようです。

652年(白雉3年)、知同和尚と役小角が開山したとされる古い山岳信仰の場である。飯豊山大権現を祀る修験の場として栄え、江戸時代初期までには修験道の修験者が多く訪れた。元禄期以降は修験色は弱まり、稲作信仰、成人儀礼、死者供養などを中心とする庶民信仰の形態に移行した。
また、明治初年の神仏分離によって飯豊山神社となり、地域住民から崇敬された。特に太平洋戦争前までは、飯豊山への登頂は少年の成人儀式として用いられたことから地域との密着性が高まった。15歳までに登頂しなかったものは一人前として認めてもらえなかったことから、盛んに集団登山「御山駆け」が行われていたのである。
飯豊山 – Wikipedia

 この山に登る際にはこのお堂に1週間泊まりこみをして、登山の安全を祈るというしきたりがあったようで、そのときに泊まった生徒達が記念に自分や仲間の名前をお堂のあちらこちらに書いたそうです。よく見ると確かに『飯豊山登山記念』などの文字が名前とともに書かれているのを観ることができました。

 管理されているおじさんとしばらくお話をしたのですが、いやーーー正直なまりが強くて、かなり”何を言ってるのかわからない”部分がありました。それがまた、その土地に触れている感があって素敵だなと思ったのです。

法用寺 *特別に許可をいただいて撮影しました

勝間和代さんの著書『断る力』のモデルとなった仁王さん。

法幢寺 *特別に許可をいただいて撮影しました

観音さんと勢至さんの佇まいが、高級中華料理屋のイメージ。高級中華料理屋なんか行ったことない。

雪が溶けたらまた

 新潟と同じで雪深い会津地方。

 この地域では、お寺の拝観も4月から開始となるところが多いようです。素晴らしい仏像が沢山祀られている勝常寺も、そんなお寺の一つ。
 また、ダリの絵画や彫刻を多数所蔵している諸橋近代美術館もこのエリア。こちらの美術館のダリコレクションは文字通り日本一。水辺のある庭園を抜けその洋館に足を踏み入れると、めくるめく狂気のダリワールドに引きずり込まれます。
 ダリはね、あの時計の絵だけじゃないんだよ。彫刻もすげーいいんだよ。
 この美術館では、6月いっぱいまでウォーホールやリキテンスタインなどの版画展も開催されているらしい。

 季節をかえてまた訪れてみようと思います。

断る力 (文春新書)

  • 著者/訳者:勝間 和代
  • 出版社:文藝春秋 ( 2009-02-19 )
  • 新書:308 ページ
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