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ハンバーグ、いいと思う。「想像力の向こう側」というエントリに対する自分の考え

2017/08/12 20:25 Author
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ココス長岡古正寺店

 Twitterで知人がRTして回ってきた「想像力の向こう側」というブログの記事。自殺を決意したとあるブログ主の最期の晩餐がファミレスのハンバーグだったことに対し「それが最後の晩餐なの?」という疑問、そして筆者なりの考察が書かれていました。……ハンバーグにしちゃう気持ち、わっかる。

 気になったエントリがこちら。

 要約すると、無職となり、貯金が尽きたら自殺しようと思っている人のブログを読み、その中で出てきた「最後の晩餐」がファミレスのハンバーグという点に違和感を覚えたという内容の記事です。その自殺ブログ(とりあえずこう表記します)は「これから樹海に行きます」という投稿を最後に終わっているとか。見つけられそうですが、そういうの読むと気持ちがひっぱられそうなのでやめときましたが、そのうちふと検索しちゃうかも。

「これが最後の晩餐です」という言葉とともにアップされた写真は、ファミリーレストランのハンバーグだった。たぶん、1200円くらいのやつ。確かに、これがなんでもない平日のランチとかだったら、まあまあ豪華な食事かもしれない。だけど、最後の晩餐としては、その茶色いソースがかかったハンバーグは、あまりにも質素だった。
本当に、これをこの世の最後の食事にする気なの?
想像力の向こう側 – チェコ好きの日記

 その質素な食事がずっと腑に落ちなかったという筆者。「銀座のめちゃくちゃ高いお店に入ってみるとか、高い食べ物を取り寄せてみるとか、そういう贅沢ができただろうに」「貯金があるうちなら二泊三日の小旅行ではなく、世界一周だってできたのに」等々の疑問が書かれています。
 そんな長年疑問だった自殺ブログのブログ主の行動に対し、数年経った今、筆者なりの考察が書かれているものでした。

もちろん、真意は自殺した(かもしれない)彼にしかわからない。だから以下のことは、あくまでも私の推測である。
ブログ主はおそらく、想像できなかったのだ。あるはずの選択肢を除外したのではなく、最初から選択肢などなかったのだ。
って書くと、銀座の高級店くらい思いついてもいいだろと思うけど。だけどやっぱり彼は、「銀座の高級店に入る自分」というのを、思いつかなかったのだと思う。思いつかなかったというか、上手く思い描けなかったというか。その姿を、リアルに想像することができなかったのだと思う。
同じように、「バックパッカーになって世界一周する」ことも、「5000円のヨーグルトを取り寄せてみる」ことも、おそらく頭に浮かぶことさえなかったのではないかと思う。「そういうことをやるより、1日でも長く生きたかった」のではなく、「そういうことはそもそも思いつかなかった」のだ。
想像力の向こう側 – チェコ好きの日記

 想像できなかった、だからそう行動できなかった。という考察でした。

はじめに

 最初に述べておきたいのですが、これは反論記事ではありません。私もブログを書いているのでちょっとした反論、反対意見をもらうと凹むことが多々あります。だからもしもこのエントリが筆者さんの目に留まっても凹まないでください。「あーそういう考え方もある」「あーそういう考えだったのかも?」と思ってもらえれば幸いです。なにより、自分も勝手な憶測に過ぎません。

自分もファミレスのハンバーグを選ぶと思う

 私は元の自殺ブログは読んでいないのですが、「最後の晩餐が1200円のファミレスのハンバーグ」というのがすごくありありとしたリアリティを持つアイテムに思えるのです。そしてそこに行き着くまでの生活、考え方が想像できるメニューだとも。なんなら自分が同じ状況に置かれ、同じように過ごした結果、私が最後の晩餐として選ぶものはファミレスのちょっと高いグリル系メニューにする予感すらあります。わりといいメニューだと思う。

積極的な人と消極的な人がいる

 貯金が底をついたら死を選ぶ。そんな状況に立たされたとき、「それならぱーっと使って死のう!」という積極的な人、そして「行けるところまでこのお金で生きて死のう」という消極的な人の2種類に分かれると思います。エントリの筆者は前者、私は後者です。そして自殺ブログ主も後者。
 というか、そもそも積極的な人は死を選ばない気がします。なんだかんだ「巻き返せる」「なんとかなる」という希望が根底にある。そこが決定的な違いな気がします。一方、後者はもうチャンスをつかもうとはしません。時々不安や恐怖に襲われながら無に向かっていきます。

 貯金を切り崩しながら細々とそれが許される日まで生きていく。そうなった場合、徐々に徐々にと自分が関わる世界を狭く、小さくしていくと思うのです。めんどくさいとか迷惑をかけないようにとかの考えではなく、ある種無意識に、周りの世界を狭め、できるだけ外からの刺激のない世界を作り、お金を使わず、己の存在を小さく、小さくしていく。積極的に消極的にしていく、そんな感じです。

二泊三日の旅行は大旅行

 そんな人にしてみると、二泊三日の旅行は大旅行です。しかも残されたお金を大きく使う一大イベント。きっと、「生きているうちにいつか行けたらいいな」という場所や「ここだけは最後に訪れておきたかった」という、夢を叶えたり、人生の区切りを付けるための大切な旅行だったと思います。そんな心理状態であれば、ふと見かけた風景なんかがものすごく眩しく感じる瞬間があるはず。眩しすぎて辛くこともあるかもしれません。
 いままでにない体験、見たことがない風景、そんな鮮烈なものを求めての旅行ではないのです。自分の中でなにかを確認するための旅行。とても小さく感じるかもしれませんが、本人にとっては大きな旅行だったと思うのです。

食事は最後まで社会と繋がる

 そして旅行をしなくなり、徐々に最低限の生活に。最期の場所へ行くための交通費だけはしっかり残してあったことでしょう。最低限の生活の中でも、最後まで世間と関わりを持ち続けるのは食事に関することです。自炊はけっこう気力を使うもの。次の食事を考えるのもめんどうに、というか考える必要もなくなってきます。新規のお店開拓なんてもってのほか。簡単に済ませられるいつもの食事が一番です。そうなるとコンビニや近所のファミレスに、なんとなく空腹を覚えた時にだけ行くような生活になるんじゃないかと。

ほんのささやかな背伸びをした食事

 自殺ブログを読んでいないので最後のファミレスは近所にあるものなのか、樹海に行く途中にあるものなのかはわかりません。ですが、たぶん行き慣れたファミレスに行ったんじゃないかと思います。節約のためにいつもはリーズナブルなハンバーグステーキ(449円)とライス(179円)にしていたとしたら、最期はチーズINハンバーグ&海老フライ(799円)とドリンクセット(399円)を選ぶ気持ち、すごくわかるのです。最期の、ほんのささやかな背伸びをしたけじめの食事という感じがすごくするのです。

そんな感じ

富岳風穴
風穴、涼しくてよかったです。

 更新が止まっているだけで、ブログ主は存命かもしれませんし、なんなら釣り記事・釣りブログの可能性もありますが、とりあえずそれは置いといて。少なくとも、自分はリアリティを感じるメニューでした。
 てか、自分が行き慣れたガストで想像してしまったがココスか!? 1,200円とかならココスなのか!? びっくりドンキーはきっと違う。あのメニューのテンションの高さに耐えられる気がしない。

 ひさーしぶりに真面目な記事書いちゃいました。こういうのは3年に1度くらいしか書かない気が。まぁお盆ですし、たまにはこういうのもいいかなーと。普段は全然違うテンションで文章を書いているので他の記事は期待しないで下さい。

参考

完全自殺マニュアル

  • 著者/訳者:鶴見 済
  • 出版社:太田出版 ( 1993-07-01 )
  • 単行本:198 ページ
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