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栃尾地域図書館にて「源氏物語」の巻十を借りること

 源氏物語を読み始めたのは5年ほど前のことである。なんで読み始めたのかは忘れた。図書館の文学コーナーで目に留まったものを手当たり次第に読むとか、教科書に出てるような古典的な作品を読むとか、そういう自分ルールの中で手に取ったのだと思う。
 全十巻のうち、1年の間に巻八まで読み進め、その後、ちょっと読む機会を失い、2年くらい前に巻九を文庫本で購入して読んだ。そして今回、最後の巻十を図書館で借りて読むことにしたのである。

 瀬戸内寂聴訳の源氏物語を最初に見たのは15年くらい前になる。ジャスコ長岡店の1階にまだ本屋があった頃の話だ。その源氏物語は現代語に翻訳されていて読みやすく、いいなぁ、と思ったものの、一冊3,000円近い価格で、その上全10巻。高校生風情にはちょっと手の出しにくい代物だった。
 関係ないけど、その本屋の店員さんに「(芸能人の)○○さんじゃないよね?」と声を掛けられたのはいい思い出。

 次にその源氏物語に出会ったのは、それから10年ほど後のこと。長岡市の中央図書館にあった古典コーナーというか、フェアというか、なんかそういう感じのコーナーでのことである。新装版のそれは、最初に見た雅な装丁のものとは違ったけれど、どうやら中身はあの時ジャスコで見たものと同じらしい。それを手にしたのが、たぶん最初。

特におっさんが酷い、と若輩の自分は思う。

 図書館のサイトでずーっと読み損ねていた巻十を検索したところ、「西」と「栃尾」の「一般」、「中央」の「閉架」となっていた。そのままサイトで予約してもいいのだが、そうすると受け取りが翌日以降になってしまう。だったら借りに行ってしまう方が早い。ということで、とりあえず一番近い西地域図書館に行ってみた。休館日だった。そうだった。
 なので、次に近い中央図書館……は華麗にスルーして、栃尾地域図書館に行くことにした。行ったことがないから行ってみよう、というのもあるし、小さい方が静かでいい、という理由もある。

 はっきり言うが、最近の中央図書館はカオスすぎて行きたくない。特におっさんが酷い、と若輩の自分は思う。
 「おい、誰か携帯鳴ってんぞ。」と思うと、おもむろに携帯を取り出すのは女子高生、ではなく、決まっておっさん。なんか知らんけど常に口くちゃくちゃ言わせながらスポーツ紙を読んでるのもおっさん。「えー」と思うことをするのはだいたいおっさん。図書館でのマナーに関して言えば、おっさんより高校生の方がずっと良い。いずれ自分もあんな迷惑な人間になってしまうのだろうかと思うと、まったく、早々に死んでしまいたいような気分にもなる。自分が高校に通っていた時分よりもそういうおっさんが増えたような気もする。だいたいそもそも平日の昼間なんですけど、おまいら仕事は?

 一方で、地域図書館は利用者の絶対数が中央に比べて少なく、静かで良い。と言っても、これまでに行ったことがあるのは、西と中之島だけだけど。西は、中央に比べればマシだけれど、それでもおっさん割合高め。中之島は施設も新しめで、おっさん割合も低めで良い。ただ、中之島に関しては5年くらい前の話だから今どうか分からない。

 そんな個人的な理由も有り、今回は中央をスルーして、栃尾に向かったわけである。良い環境であるなら、山越えなど全く訳ない。

白々しい会話を繰り広げる芸能人のようでもある。

 特に場所も調べずに出てきたものの、「たぶん、あの辺だろう」とあたりを付けて市民会館に行ってみたら、案の定、そこに図書館があった。

 図書館出入り口前にある掲示板の前では、職員かなにかとおぼしき女性2人がポスターを見ながらあーだこーだと会話していた。しかも、結構声が大きい。旅番組で、テレビカメラを前に白々しい会話を繰り広げる芸能人のようでもある。

 あまり広くない図書館だったので、目的の源氏物語の場所はすぐに分かった。文学のコーナーに全巻綺麗に並んでいた。巻十を取り出す。すぐに借りて帰るのもなんなので、読んでいくことにする。

 図書館と言うよりは、学校の図書室という感じ。建物は時代ががりつつあるけれど、綺麗に保たれていて不快感はない。テーブルは全部で6つ。10センチ角はありそうな鉄のフレームで出来た、やたらに丈夫そうなテーブルだった。イスはテーブルの長辺にそれぞれ3つずつ置かれているので、全部で36席。テーブルの真ん中には頭の高さほどの仕切りがあって、向かいの人の顔は見えないようになっている。
 何も考えず、3つ並んでるイスの真ん中に座ったら、目の前に「両端のイスから座って下さい」という注意書きが貼ってあったので右端に移動する。掲示板前の会話は、男性ゲストも加わって、まだ続いている。

歌あり、怨霊あり、NTRあり

 本はとても綺麗で、新品のようだった。開いてみたら、栞紐が、購入されてから一度も使われたことがないような様子でページに跡を付けていた。もしかしたら、この本を読むのは自分が初めてなんじゃないか、と言う気もする。

 2年ほどのブランクがあるので、どんな話だったのか細かい部分を忘れていたのだが、読み進めるうちに、「ああ、そんな話だったかもしれない」と思い出していく。

 原文を読むよりは比べようもなく読みやすい瀬戸内寂聴訳の源氏物語だが、その言葉遣いはやや古文よりで、現代小説に比べるとやや読みにくい。まあ、原文の雰囲気を残したまま訳そうとすればそうなるのかもしれない。
 たぶん、読みやすさで言えば、青空文庫にもある与謝野晶子訳の源氏物語の方がより現代的で読みやすいんじゃないかと思う。ただ、あちらは作中に出て来る歌の解説がないので、歌に明るくない自分のような人間は、イマイチやりとりしてる内容を掴みかねてしまう。
 その点、こちらははひとつひとつちゃんと解説が付いているので、そういうことを言っているのか、というのがよく分かる。というか、これだけの意味をこめた歌をすらすら生み出す貴族文化やべぇ。ほとんど暗号。

 登場人物は役職名や出身地名で呼ばれたりすることがほとんどで、同じ呼び名でも指している人物が違ったりする。なので、巻末の系図は読み進めていく上で結構参考になる。
 また、同じく巻末にある要約はすごく良くまとまっているので、源氏物語がどんな話なのか知りたい場合は、これだけ読むのというのも有りだと思う。
 歌あり、怨霊あり、NTRあり、「死んだと思ってたアイツがまさか……!」展開あり。まさに平安時代の別コミ。日本人ならあらすじくらいは知っておいて損はない。「Oh! 日本人なのに源氏物語知らないんデスカ。」なんて舐めた口は聞かせないぜ。

片手に余るくらいしか

 新聞を持った初老の男が仕切りを挟んだ向かい側に座った。もぞもぞと体を揺らし、良くない咳をする。その度、わずかに机が揺れる。突然、携帯の呼び出し音が響く。隣の机に座っていた男がなんの遠慮もなく携帯を取りだし、「はい!もしもし!」と言いながら、図書館を出て行った。

 夕方を過ぎると、学生が姿を現し始める。レポートのための調べ物に来た風な2人組の男子学生や、何組かの女子学生が自習をしていった。

 以前は中央図書館でも自習が出来た。そのときはたしか、図書館員に言って自習席を確保する必要があったと思う。片手に余るくらいしか利用したことがないので記憶が曖昧。夏休みなどは席を確保するために開館前から並んでるなんて言う、まことしやかな話も耳にしたことがある。
 そういった状況に利用者から苦情が出たか、図書館側が嫌気が差したかは知らないが、今では自習席はなくなり、そもそも自習自体も出来なくなっている。しかし、自習のニーズは根強いらしく、わざわざ別で自習室を設置していたりする。
 学生だったあのときの自分でさえ、正直言ってアレはどうなのかという気がしていたものだけれども、ひょっとすると今は自習する学生の代わりにスポーツ新聞を読みに来たおっさんが増えたのかもしれない、と考えると、ソレもどうなのか、と言う気もする。

 半分くらい読んだところで閉館時間が迫ってきたので、借りて帰ることにする。司書は奥にいて、何か作業をしていた。
 「すいませーん」と、数時間ぶりに発した自分の声は思った以上に細くて、司書の元に届く間に空気に薄められ、消えてしまったようだった。

参考

源氏物語 10 新装版

  • メーカー:講談社
  • カテゴリ:単行本

源氏物語 巻九 (講談社文庫)

  • メーカー:講談社
  • カテゴリ:文庫

源氏物語(全10巻)

  • メーカー:講談社
  • カテゴリ:大型本

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